ともちんの歴史探訪

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2015/09/08 22:49

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羽柴筑前守

本日、鹿島神宮と香取神宮に初詣に行ってきました。

写真の1枚目は神宮西の鳥居、ここは大船津と言う地区で、江戸時代から明治に掛けての参拝客は利根川の水運を利用して来て、ここから上陸。

上陸後は旧社家・鹿島氏(坂東平氏の一家、大掾氏の一族)の鹿島城跡を横目に門前町を通り、台地上の神宮を目指します。
この鹿島城、現在の大鳥居前まで広がる大規模城郭だったのですが、桃山時代に水戸の佐竹氏に滅ぼされ、佐竹氏も関ヶ原で西軍について秋田へ国替、現在の社家は江戸時代に幕府から名跡を継ぐことを許された外孫の血筋だそうな。

  • 徳川秀忠寄進の拝殿と奥が本殿。
    普段はwiki からお借りした2枚目のように拝殿脇に入れるのですが、初詣の人混み対策か紅白幕で仕切られ、入れませんでした。

    同じくwikiからお借りした水戸徳川家初代、徳川頼宣寄進の楼門。本殿、拝殿、楼門はいずれも重要文化財指定。
    今日の写真は人だかりがすごく、up断念。

  • 拝殿から奥宮に続く過ぎ木立、夏場は結構涼しかったですが、今日はこの人出。

    2枚目は鹿苑、奈良公園(春日大社)の鹿と違って、檻に入ってました。

    奥宮、当初は徳川家康寄進の本殿でしたが、秀忠寄進の際に、奥宮にスライドしたそうです。

  • 奥宮のさらに奥、神宮祭神の
    建御雷神が地震を起こす大鯰を押さえ付けたと言われる要石。
    江戸時代に学術調査好きの徳川光圀=水戸黄門さまが三日三晩周りを掘らせたものの、底に行き着かなかったらしい。

    2枚目は神宮北東隅の御手洗池。
    平安時代までは霞ヶ浦の水面がここまで続いており、朝廷の勅使はここから上陸、池で潔斎してから神宮に向かったそうです。

    3枚目は御手洗池から神宮台地を見上げたところ。
    結構な高低差です。

  • 閑話休題。
    今でこそ、淡水湖の霞ヶ浦ですが、平安時代くらいまでは、鹿島臨海工業地帯の辺りで外海の鹿島灘と直接繋がる内湾(学術的には古鬼怒湾とも言う)で、西端は現在の千葉県印旛沼までをも含む大水面たったとのこと。
    平将門の乱も、この水域各地の湊を結ぶ航路の利権争いが一因とのこと。
    成田山新勝寺の縁起も平将門の乱の際、朝廷から送り込まれた坊さんが霞ヶ浦沿いに上陸して朝敵調伏の加持祈祷(要は呪いのまじない)したところ、翌年乱が鎮まった為、「新しく勝った」ことを記念して建てられたとのこと。
    なんだかなぁ~

  • 後、当時の鹿島神宮と香取神宮は古鬼怒湾の湾口に突き出た岬の先端に当たり、軍船の出入りの際の灯台役も含めて大和朝廷の関東・東北進出に際しての最前線基地だったそうです。
    だからこその中臣氏・藤原氏による氏神化なんですね。
    藤原氏の氏神、奈良の春日大社の第一殿は鹿島神、第二殿は香取神を勧請したものですから。

  • 香取神宮の大鳥居。
    こちらも結構な人混みです。

    楼門と拝殿、本殿。
    元々は5代将軍・徳川綱吉が寄進した建物で本殿と楼門が国の重要文化財。拝殿は戦前に祈祷殿に改築・移築され、現拝殿はその際の新築です。

  • 香取神宮の要石。
    香取が凸型、鹿島が凹型です。

  • 羽柴殿!
    レポート 有難う御座います。
    m(_ _)m
    中々 関西から行けない(行かない)所なので 写真は有難いです。
    鹿島さんも香取さんも武術(武芸)の神様でしたっけ? 剣術などの道場の神棚とかに『鹿島大明神』とか『香取大明神』とかの掛け軸見たいなのが掛かってますよねぇ。 まだ剣豪カードで出て来てませんが、『塚原卜伝』(つかはらぼくでん)とか『飯篠家直』(いいざさ いえなお)に関連のある神社でしたっけ?

  • 塚原卜伝は鹿島氏一族で家老の一人である吉川覚賢の子として鹿島で生まれ、後に鹿島氏の分家、塚原安幹の養子となった人物。

    鹿島神宮の北数キロに卜伝のお墓とさらに北に塚原城址があります。

    この塚原城は鹿島城の北側を守る支城だったそうですが、現在は薮に覆われ、よほどの好事家しか立ち入らないそうです。

  • 飯篠家直は卜伝より古い15世紀の人物で、若い頃は佐倉城(古い方の本佐倉城)を本拠とする千葉氏に仕えましたが、千葉氏当主が裏切りに逢って自刃したのを期に剣の道を志した方です。
    こちらは香取神宮所縁の人物です。

    弟子に卜伝の養父、塚原安幹がおり、卜伝は家直の孫弟子に当たります。

  • 羽柴殿!
    詳しいご説明有難う御座います。
    m(_ _)m
    天正真伝?天真正伝?香取の剣術は好きなんです。
    でも、グータラな性格なので ちゃんとした名前も覚えられない。
    (>_<)
    歴史を知れて嬉しいです。
    (^_^)

  • 飯篠家直の創始した流派は天真正伝香取神道流。

    塚原卜伝の流派は、実父から受け継いだ鹿島(中)古流と、養父から学んだ上記とを基にした鹿島新当流です。

    なお、訂正。
    飯篠家直が
    仕えた頃の千葉氏本拠は千葉市内にあった千葉城(大雑把に千葉大学の辺り)です。

    この時、千葉氏宗家はほぼ全滅して、分家に乗っ取られますが、幕府の支援を受けた宗家生き残りと、古河公方の支援を受けた乗っ取り派が抗争を続けて、乗っ取り派が本拠を佐倉に移してます。

  • 結局、宗家生き残りも幕府から見捨てられ、後北条氏と同盟した乗っ取り派も小田原の役後に豊臣秀吉に取り潰されて、滅亡します。
    その後、あちこちの大名や旗本の家臣として命脈を保った様です。

  • へぇ〜...
    ありがとうございます。
    m(_ _)m

  • 追記
    幕末に北辰一刀流を創始、剣術道場・玄武館を開いた千葉周作は千葉氏の末裔とされています。