ともちんの歴史探訪

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2015/09/08 22:49

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人間魚雷

香椎宮(かしいぐう)へ行ってきました。

  • 福岡県福岡市

    主神 仲哀天皇(ちゅうあい)、神功皇后(じんぐう)

    配神 応神天皇、住吉大神

  • 仲哀天皇の父は日本武尊です。

    仲哀天皇は神功皇后が神託(お告)を聞いたので、熊襲平定を目指しこの下りました。

    熊襲は南九州エリアと人々のことです。

    しかし、仲哀天皇はこの地で崩御します。

    なので、当初は霊廟でした。

    神功皇后は再び神託を受け、三韓征伐(朝鮮半島)へ懐妊中なのに出征します。
    そして勝利し、産まれたのが応神天皇。

    応神天皇は勝利の神として八幡神として崇められます。

    ちなみに応神天皇の子は、前方後円墳で有名な仁徳天皇。

  • 朝鮮半島から帰還した神功皇后は「三種(みくさ)の宝」、剣、鉾、杖をこの地に埋め、杉を植え「永遠に本朝を鎮護すべし」と祈ったそうな。

  • 綾のように生えることから「綾杉」といわれています。

    この葉は古来より朝廷へ献上もし、また太宰府庁へ新任された者は、必ず参拝しこの葉を冠に挿すことが恒例の儀式となっています。

  • 桜門

    桧皮葺総欅白木造
    (ひわだぶき そうけやき しらきづくり )

    2枚の画像
  • 社殿の造営は724年に竣工。
    聖武天皇の代のことなります。

    勅祭社の一つに加えられます。

    勅祭社とは10年に一度、天皇、朝廷からの勅使を迎え祭儀を行う社のことで、全国に十六社あります。

  • 本殿(重要文化財)

    現在の本殿は1801年、黒田斉清(10代福岡藩主)によって再建。

    入母屋造平入りが基本となってますが、外陣左右に「獅子の間」と呼ばれる一間があり、その張り出した部分を切妻屋根が覆い、平面では凸型となっています。

  • 外陣の突出部には車寄(くるまよせ)が配置。

  • 正面中央は大千鳥破風に縋破風(すがるはふ)など、複雑で様々な建築様式を用いていて。

    唯一の「香椎造」と呼ばれています。

    (写真が下手でごめんね。)
    (>_<)

  • 境内には様々な末社がありますが巻尾神社。

    これは中臣氏の祖先神とありますから、それはつまり藤原氏の社ということですな。

  • 神功皇后の三韓征伐によって、大陸との朝貢や帰化などの交流が盛んになり、土木技術を始め、建築、工芸、縫織、文教などあらゆる文化が流入し発展の礎となりました。

    戦国時代に荒廃しますが、江戸時代以降に復興します。

    また霊廟から官幣大社となり、建築様式もあって珍しいタイプの社でした。
    m(_ _)m

  • ついでに、、、

    十日恵比寿神社
    (とおかえびす)

    福岡県福岡市

    1591年、香椎宮の大宮司の武内五右衛門が、浜辺で恵比寿様の神体(仏像?)を見つけて社を建てました。

    香椎宮から数キロの場所です。

  • 繁盛、繁栄の神として崇拝を集めます。

    毎年、1月10日は埋もれる程の参拝者が集まります。

  • ちゃっかり御朱印も頂きました。

    以上、香椎宮と十日恵比寿神社の紹介でした。
    m(_ _)m