ともちんの歴史探訪

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2015/09/08 22:49

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巴(ともえ)

同年、武田信玄は西上作戦(せいじょうさくせん: 注3)を開始します。前線には山県昌景と秋山虎繁が立ちました。『織田の息がかかった岩村城。元はと言えば、武田の後ろ盾で今日までやって来れたようなもの。織田を攻めるには 先ずは東美濃の岩村城界隈を武田一色に染めてやる!』とばかりに秋山虎繁が岩村城を包囲。おつやの方は領民と共に籠城し 対抗するも、敵は一向に去らず 武田贔屓の家臣の仲介で秋山虎繁からの和議の申し出が舞い込んできました。
条件は、
・開城をし、城を明け渡す事。
・おつやの方は秋山虎繁の妻となる事。
これを受け入れれば、
城主, 家臣, 領民の命は保証すると言うものでした。
おつやの方は 皆の命が助かるのならと岩村城を開城しました。
その後、信玄の命で秋山虎繁が岩村城々主になった時に2人は祝言を挙げたそうです(注4)。
しかし、信長の子 御坊丸は人質として信玄の里 甲斐へ連れて行かれたそうです。

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